日本で最初の会社は、どんな会社だったの?
まず、答え
じつは「これが最初」と言い切れない問いです。よく名前が挙がるのは、江戸時代の終わりに坂本龍馬たちが作った亀山社中(のちの海援隊)と、明治のはじめにできた第一国立銀行。どちらを最初と呼ぶかは、何をもって会社とするかで変わります。
どうして?
日本にも、むかしから商人の集まりや、お金を出し合う仕組みはありました。ただ「会社」という言葉じたいが、明治のころに西洋の company を訳して広まった、新しい言葉なのです。
1865年、長崎で、坂本龍馬たちが亀山社中という集まりを作りました。船で品物を運び、もうけを分ける。お金を出す人がいて、働く人がいる。今でいう商社に近い形だったので、日本で最初の会社と紹介されることがあります。のちに海援隊と名前を変えました。
明治になると、政府が国じゅうに会社を作ろうとします。1869年には、お金をあつかう為替会社と、品物をあつかう通商会社が各地に作られました。そして1873年、渋沢栄一たちが中心になって第一国立銀行ができます。多くの人から広くお金を集め、株を出した会社の形だったので、日本で最初の株式会社と呼ばれることの多い会社です。
もう一歩
なぜ、答えが一つに決まらないのでしょう。それは「会社とは何か」の線の引き方が、いくつもあるからです。
人が集まってお金を出し合い、もうけを分けた集まりを会社と呼ぶなら、もっと古い時代にもあります。会社と名乗った団体だと決めるなら、明治のはじめ。今の株式会社と同じ形だと決めるなら、第一国立銀行のあたり。法律で会社の種類がきちんと決められたのは1893年ですから、そこを出発点と見ることもできます。
どれもまちがいではありません。「最初はどれ?」という問いは、たいてい「どこから数えるか」という問いとセットになっています。答えを覚えるより、自分がどこに線を引いたかを言えるほうが、ずっと役に立ちます。
へぇ、となる話
会社、経済、銀行、株式。今あたりまえに使っているこれらの言葉の多くは、明治のころ、外国の言葉を日本語に訳すために工夫して作られたものです。新しい仕組みが入ってくるとき、まず言葉から作らなければならなかった。今の私たちが、カタカナのまま新しい言葉を使っているのと、少し似ています。
身のまわりの同じしくみ
最初の自転地球が自分でくるくる回ること。昼夜のもと。車、最初のコンピュータ、最初のインターネット。「最初の◯◯」は、たいてい一つに決まりません。どこから数えるかを決めて、はじめて答えが出せるのです。