「わからない」と言えるのは、なぜすごいこと?
まず、答え
「わからない」と言えるのは、自分の頭の中を正直に見つめられている、という力の証拠です。わからないことに気づけて、はじめて、それを知ることができます。だから「わからない」は、かしこくなる入口の言葉なのです。
どうして?
人は、わからないことに気づいたとき、脳が「知りたい」と動き出します。そのあとに聞いたり調べたりした答えは、強く記憶に残ります。反対に、わからないのに「わかったふり」をすると、脳はそこで探すのをやめてしまい、もやもやが残ったままになります。
だから、「わからない」と口に出すことは、学びのスイッチを入れる合図。かっこ悪いことでは、まったくありません。
もう一歩
「わからない」と言うのがこわいのは、ばかにされるかも、と感じるからかもしれません。でも本当は、質問できる人のまわりには、知恵が集まります。ひとりの「わからない」は、じつは同じところでつまずいている、ほかの人の助けにもなります。
コツは、「どこまではわかって、どこからわからないか」を言ってみること。「ここまではわかったけど、ここがわからない」と言えると、相手も答えやすく、自分の理解もはっきりします。わからないを言葉にできる人は、これからいくらでも伸びていける人です。
へぇ、となる話
自分が「わかっているか、わかっていないか」を見分ける力を、むずかしい言葉で「メタ認知」と呼びます。この力が高い人ほど、勉強が進みやすいことがわかっています。つまり、「わからない」に気づけること自体が、りっぱな学ぶ力なのです。
身のまわりの同じしくみ
授業での質問、道をたずねること、係の仕事で確認すること、ゲームのルールを聞くこと。どれも、「わからない」を言えたから前に進めた、同じしくみです。