昔の「あたりまえ」はなぜ変わるの?正しく「疑う」ってどういうこと?
まず、答え
昔のあたりまえが変わるのは、人が「本当かな?」と問い、観察や実験でたしかめてきたからです。正しく疑うとは、頭ごなしに否定することではありません。「なぜそう言えるの?」「ほかの説明は?」「どうすれば確かめられる?」と、ていねいにたしかめる姿勢のことです。
どうして?
人は、目の前のことから、自然に考えをつくります。地球は平らに見えるし、太陽は動いて見える。だから昔の人は、そう考えました。それは、その時代にわかることでの、まじめな答えでした。でも、もっとよく観察したり、新しい道具を使ったりすると、「全体では別のすがただった」と気づくことがあります。よりシンプルで、証拠にぴったり合う説明が見つかると、考えは新しくなります。
もう一歩
正しく疑うには、3つのコツがあります。ひとつめは、根拠をたずねること(「なぜ、そう言えるの?」)。ふたつめは、別の説明を考えること(「ほかの可能性はない?」)。みっつめは、確かめる方法をさがすこと(「どうすれば、はっきりする?」)。これは、科学の進め方そのものです。大事なのは、「疑う」は相手をやっつけることではない、ということ。より確かなことに近づくための、前向きな姿勢です。昔の人の考えも、当時としては最善でした。それを土台に、少しずつ確かになってきたのです。あなたが記事を読んで「本当かな?」「もっと知りたい」と思うことこそ、この長い歩みの、いちばん新しい一歩です。
へぇ、となる話
今「あたりまえ」と思っていることの中にも、未来にはくつがえるものがあるかもしれません。だから科学は終わりません。「わからないことがまだある」というのは、こわいことではなく、わくわくすることなのです。
身のまわりの同じしくみ
うわさ、広告、ネットやAIの答え。「本当かな?根拠は?」とたしかめる力は、毎日のくらしであなたを守り、正しく選ぶための、いちばんの武器になります。