課題は、どうやって見つけるの?
まず、答え
課題を見つけるコツは、人の「言うこと」より、「していること」を見ることです。こまっている人ほど、そのこまりごとに慣れてしまっていて、うまく言葉にできません。だから、聞くだけでは出てこないものを、観察で見つけにいきます。
どうして?
「何かこまっていることはある?」と聞かれて、すぐに答えられる人は、あまりいません。毎日くり返していることは、あたりまえになってしまうからです。重いドアも、遠回りの道も、何度も開けたり歩いたりしているうちに、こまりごとだと思わなくなります。
でも、体は正直です。同じところで立ち止まる。何度もやり直す。ためいきをつく。遠回りをする。こうした動きは、言葉にならなかったこまりごとの、サインです。だから、聞くのをやめるのではなく、聞いたうえで、じっさいの動きを見る。この二つを合わせると、本当の課題に近づけます。
もう一歩
課題を見つけるための道具を、三つ紹介します。
ひとつめは、くらべること。「どうなっていたらうれしいか」と「今どうなっているか」を、ならべて書き出します。そのずれが、課題のたねです。
ふたつめは、観察すること。時間がかかっているところ、迷っているところ、何度もやり直しているところ。そこに手がかりがあります。はり紙も、大きなヒントです。「ここにゴミを捨てないで」という紙があるなら、そこにゴミが捨てられている、ということだからです。
みっつめは、「なぜ」を三回くり返すこと。ゴミが捨てられている。なぜ? ゴミ箱が遠いから。なぜ遠いと捨てるの? 手がふさがっていて、そこまで行くのが大変だから。ここまで来ると、やることが見えてきます。
そして最後に、大事なことがひとつ。「だれの課題か」を決めることです。みんなの課題は、だれの課題でもなくなってしまいます。一人の顔を思いうかべると、やることがはっきりします。
へぇ、となる話
公園や大学の芝生に、人が歩いてできた細い近道の跡がのこっていることがあります。設計した人が作った道より、みんながその道を選んだ、という記録です。海外にはこの跡を消さず、あとから本物の道をつくる考え方があり、こうした跡は「けもの道」のような呼び名で知られています。文句として言われなくても、足あとが答えを教えてくれる、というわけです。
身のまわりの同じしくみ
下ぐつ箱の前でいつもつまる、給食の配ぜんで列が止まる、そうじ道具がいつも同じ場所からはみ出している。だれも文句を言っていなくても、動きが止まるところには、たいてい課題がかくれています。