「能力」って、なに?
まず、答え
能力は、体の中にずっとしまわれている量ではありません。その人と、まわり(場所・相手・道具・その日の調子)が組み合わさったときに出てくる、はたらきのことです。だから同じ人でも、場面が変われば、出方が変わります。
どうして?
「足が速い」を考えてみます。同じ子でも、ぬかるみの上と、かわいた土の上ではタイムがちがいます。くつが合っているか、その日ねむれたか、追いかけるものがあるかでも変わります。速さは足の中だけにあるのではなく、足と地面とくつと気持ちが、合わさって出てくるのです。
話す力も同じです。クラス全員の前ではのどがつまる人が、好きなことの話を、二、三人の友だちにするときには、いくらでも言葉が出てきます。話す力がないのではなく、その場と、かみ合っていなかっただけ、ということがよくあります。
テストの点数も、その日、そのテストで、測れた分の記録です。人まるごとの大きさを表したものではありません。ものさしは、いつも一部しか測れないのです。
もう一歩
うまくできなかったとき、自分を責める前に、三つ確かめてみてください。
ひとつめは、場や相手が合っていたか。大人数だったのか、いそがされていたのか。
ふたつめは、やり方や道具が合っていたか。書いて覚えるのが向く人、声に出すのが向く人、絵にすると入る人がいます。合わないやり方でがんばると、力が出ません。
みっつめは、練習の量と順番が合っていたか。むずかしい段をとばしていないか、休みは足りていたか。
三つとも、直せることばかりです。「自分にはむり」とひとくくりにするより、どこがかみ合っていなかったかを見るほうが、次につながります。
へぇ、となる話
世の中で「大事だ」と言われる力は、時代によって入れかわってきました。字がきれいなこと、そろばんが速いこと、たくさん覚えていること。どれもかつては、とても大きな力でした。今は、電たくやコンピュータが引き受けてくれる部分もあります。ものさしのほうが動くのですから、今のものさしの数字だけで、自分の全部を決めなくていいのです。
身のまわりの同じしくみ
家では静かなのに、友だちの前ではよくしゃべる。算数の文章題は苦手なのに、料理の分量はすらすら計算できる。どれも、あなたが変わったのではなく、かみ合う場がちがっただけです。